導入事例

イラク戦線の米国陸軍を WhatsUp Gold が支援

CENTCOM(アメリカ合衆国陸軍中央司令部)の指令下で、ORHAは、アプリケーション、サーバー、デバイス、ネットワーク・リソースを常時監視するために WhatsUp Gold を導入

2003年4月のイラク侵攻時、サダム・フセイン政府陥落後の暫定政府の基礎を作るために、CENTCOMに配属された169人の民間人が米軍の保護のもとに派遣されました。派遣された民間人は、特殊なシステムおよびネットワークの専門家として特別に選ばれた人々で、彼らはユーフラテス川のほとりに立つフセインのラマダン宮殿(現在の米国大使館)に滞在しました。サテライト、テレコミュニケーション、ネットワークなどのシステムをサポートするために約 20人の上級エンジニアがイラクに送り込まれました。

イラク戦争が激化する中、民間のネットワーク技術者たちは政府運営の基盤生成のためにサテライト、ネットワークサーバー、電源装置などを設置しました。米国陸軍の移動式発電機から電力が供給されると、ネットワークは立ち上がって稼動し始めました。ですが、そのシステムは立派なものとは言えませんでした。光ファイバーワイヤとイーサネットケーブルがダクトテープで床に固定され、宮殿の爆破された窓の内外に張り巡らされて、宮殿の中庭はあたかも爆破されたスパゲッティ工場のようでした。

バグダッドの再配線工事期間中に IT ファースト・レスポンダーとして配属されていた Dana Beausoleil 氏は当時を振り返って、「ネットワークケーブルは、壁、窓、クリスタルのシャンデリアから吊り下げられていました。リレーボックス、スイッチ、ルーターが通路の真ん中に置かれ、そこから四方八方に枝分かれして大理石の円形階段を下り、サテライトと接続される階下のネットワーク制御室に達します。そこが外界との接点になります。」と話します。宮殿内では、床にテープで固定され、「この下にインターネット接続あり。」と注意書きされたケーブルの束の上をスタッフが歩きました。サーバー室の中は、冷房が故障してサーバーが約50℃に達し、 過熱の警告ライトがつきっぱなしでした。200ユーザーのために構築されたネットワークで 2,000を超えるユーザーをサポートしなければならなかったため、過負荷の問題が生じ、信頼性の問題にも発展しました。

アプリケーション、サーバー、デバイス、およびネットワーク・リソースを24時間監視する必要性は明らかでした。Beausoleil 氏は、「WhatsUp Gold は実績が証明されているテクノロジーです。私たちには、様々なエンジニアに広く受け入れられ、短時間で設定でき、めまぐるしく変わるネットワーク構成に容易に対処でき、使いやすくて必要な情報を最大限レポートしてくれるシステムが必要でした。」と説明します。WhatsUp Gold が、どのような環境にあっても1時間程度で実装でき、ネットワーク・デバイスを数分で検出できるという事実は、イラクで作業する技術者には大変重要でした。

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アプリケーション、サーバー、ネットワークの統合監視システム WhatsUp Gold